地震の揺れが収まるやいなや、冥は隣の部屋の扉を、勢いよく開けて乗り込んだ。
「レイジ!大丈夫なの?!」
すると案の定、机の下でうずくまって震えている男がいた。
呼びかけへの返事はない。そんな余裕はないようだ。
駆け寄って名前を呼び、肩に手を当てると、男はその手にすがりつく。
呼吸は荒く乱れ、少しでも多く酸素を吸い込もうとしているのか、男は必死に肩で息をする。
もう片方の手で優しく男の身体を包み込むと、男は何の迷いもなく冥の胸に抱きついた。
背中を撫で、あやすように優しい声をかけ続ける。
まるで“姉”のように振舞えていることに、そして、まるで子供のようにすがりつく男を目の前に、
冥は不謹慎だと感じながらも高揚感を覚えずにはいられない。
「・・・立てるかしら?」
会話が成立しそうな程度に呼吸が落ち着いた頃合を見計らって、声をかけてみる。
御剣は、冥の胸から顔を離し、一瞬だけ上目遣いに冥の目を覗きみるような仕草をする。
「見苦しいものを、見せてしまったようだな・・・」
そう言って、涙目のまま目を伏せ、顔を背けた。
冥は知っていた。
これは、一番弱っている時の・・・本来のプライドが崩壊しかけているときの、御剣の表情。
この表情を見るたびに、冥の全身を貫くような衝動が駆け巡る。
崩したい。
その誇りを、完膚なきまでにズタズタに壊したい。
冥は、いつも通りにそう思って、いつも通りにその衝動を“バカバカしい”とやり過ごしたつもりだった。
だが、次の瞬間、冥の言葉どおりに立ち上がろうと、身体を支え始めていた御剣の足に
冥は自分の足をかけていた。
無意識のまま力を込めて足を引くと、いとも簡単に男の身体が宙に浮く。
無様に、男はひっくり返った。
何なのだろう。この感覚は。
いつも追いかけていた完璧な男の無様な姿なのに・・・
失望どころか、まるでずっと求めていたものに巡りあえたような、そんな感動を覚えている自分が、とても不思議だった。
吸い込まれるように、男の目の前まで足を運ぶ。
何が起こったかわからず、呆然と倒れこんだままの御剣の肩を靴のまま踏みつけると、その顔が苦痛に歪んだ。
その光景に、冥は表情筋が緩むのを我慢することができずに、最上の笑みを漏らした。
いつの間にか、その手にはすでに鞭が握られている。
御剣の肩に置いていた足を床に下ろし、トレードマークのヒラヒラしたものを掴んで、その上体を引き起こす。
そして、何かを――恐らく抗議の声をあげようと開いた御剣の口に、鞭の柄を押し込んだ。
喉の奥までねじ込んだからか、数秒もしないうちに御剣の双眼から涙が滲み出す。
柄を左右に動かしながら押し付ける度に、喉の奥から押し殺したような呻き声が響き、涙が溢れた。
御剣は、手足の自由を奪ったわけでもないのに、まるでそうされているかのように動かない。
すでに朦朧としているその目が光をなくしたまま、冥の顔を・・・ただ見ていた。
まるで、与えられるはずのないことをわかっていながら、許しを乞うかのごとく。
「ごめんね、レイジ。もう、止まらないの。」
最後の良心が、感情の篭らない音で言葉を紡ぐ。
「いい子にしていたら、跡は残らないようにしてあげる。」